ある1人の男が、住み慣れた貧しい村を出て、豊かで幸せな新天地を目指して、村のはずれにある峠の道を越えようと歩いていました。

疲労が溜まってきた彼は、足を引きずるように、うつむきながらも懸命に歩いていました。

 

その男が山あいの小道を歩いていたところ、目の前に大きな岩が現れ、彼が進もうとする道を塞いでいました。どうやら落石で道が塞がれてしまったようです。その岩の向こうには道が続いているようですが、その岩を越えて向こう側に行くことができません。

 

どうにも困り果てて悲嘆に暮れていると、道の脇に立っている大きな木から声がしてきます。

「お困りでしょう?この木を登れば、誰もが岩の向こう側に行けますよ」
驚いた男は最初いぶかりますが、他に岩を超えて向こうに行く手段が見当たらないので、その木の話すことを少し聞いてみることにしました。

 

その木の話しによると、この木は神仏に通じる木だそうで、木を登る人は意識が高くなっていき、魂が浄化され始める不思議な木であること。そして魂が浄化されるだけでなく、岩を超えて向こう側に降り立つことができること。それどころか木の半ばには「HEIJYO」という心の玉を収める箱があり、それを収めた人には限りない功徳がもたらされ、多くの幸せが降り注ぐことが確約されることなどを、木は力強く時には優しく語りかけてきます。

 

男は、岩を超えられるだけでなく、多くの幸せが降り注ぐということに心惹かれて、木のいうことを信じて木登りすることにしました。

 

その木は本当に大きな木で、真っすぐに伸びた木の幹は、雲に隠れて見えないくらいです。登り始めた男にその木は色々と語りかけ始めました。この木の先端は昇り詰めるならばあの世の極楽に通じていること、極楽の様子や、すでに極楽に行った木登り人の感動的な話しをして、一生懸命に木登りすればあなたも必ずそうなれますと励まします。

 

岩を越えられると期待して登り始めた男は、その木の話を聞くうちに、少しでも木の高いところを目指すようになり、5mそして10mと登っていきます。すると視界が高くなって、道を塞ぐ岩の向こう側の様子が見えてきました。岩の向こう側に続く道には美しい緑の丘が広がり、豊かな作物が実っています。男は声を上げて喜びます。

 

「岩の向こう側には本当に幸せな大地が広がっている!そこへ行けるんだ!」

 

木を登るにしたがって視界が高くなり、村全体を見渡せたり、山の向こう側の海が見えたりしてきました。

 

それまでうつむき加減に道を歩いてきた男にとって、この視界の広さ高さは体験したことがないものでした。

 

彼はますます木登りに精を出すと同時に、木を登るに連れて語ることが変化していきます。彼は神仏のことを語り、眼下に広がる村や街ひいては国の行く末を案じて、やがては人類救済まで語るようになります。

 

そしてふと足元、木の下の方を見ると、はるか下に自分が歩いてきた道が細く見えて、その道を塞いでいるあの大きな岩が本当に小さく見えました。

 

「なんだ、自分はなんと小さなことで悩んできたのか」「この神仏に通じる木を登ることに比べれば、そしてこの見渡す限りの広い視野で、世界を改革していく大業に比べれば、なんと取るに足らないことに心を煩わせてきたのか」

と何か1つの悟りの境地に到達したような思いを持ちました。

 

その時に、男の心の変化を感じ取った木は、男に「HEIJYO」の心の玉を箱に収めることに誘います。そして男が玉を収めてそれを見届けると、今度は「木登りをする人が増え、木にしがみつく人が増えると、木が太く大きくなること、木登りする人を支援すると極楽行きが有利になる」とささやきます。

 

すると男は、この木を登れば神仏の世界へ通じるということと、一生懸命木登りする大切さを、後からくる人たちに話すようになりました。

 

後から登ってくる人達にとっては、神仏へ通じる木登りの途上で出会ったその男は、まるで神仏への水先案内人のようで、彼らは尊敬の念を込めて男に対して接します。男はまるで自分自身が神仏の代理人になったような心地良さを感じて、語る言葉にも力を込めて話すようになっていきました。

 

しかしそのように一生懸命に木登りの支援をする男にとって、ある日転機が訪れることになりました。男が木にしがみつき、必死に登る腕に力が入らなくなってきたのです。体力が続かなくなってきたのが原因していました。

 

登るどころか、しがみつくこともままならなくなった男は、ズルズルと木を下の方向へ下がって行きました。

するといつになく大きな声が木から聞こえてきたのです。

 

「手を離すな! 下がるということは逆方向に行くということ。それは神仏に逆らっていることだ!神仏に逆らうということは、神仏を疑っていることで、不信の報いとして必ずや大きな罰がお前に下り、避けることができない災いに見舞われることになるぞ!」

と脅迫にも似た語調で叱り飛ばします。

 

男は罰が当たることに怖れおののきますが、しかし、体力の限界が来ていて、どうにもこうにもなりません。あえなくしがみつきながらも、木を下の方へとずり落ちていきました。するとどうでしょう、かつてあんなに神仏の水先案内人と自分を見立てて、男に対して尊敬の眼差しを向けていた人たちが、まるで反逆者や罪人をみるような蔑視の眼差しと冷たい表情に変わっているではありませんか。男は大きなショックを受けると共に、さまざまな葛藤を抱えて木の根元まで滑り降りていきました。そして罰を恐れながらも足を下ろして地面の上に立ちました。

 

そこで男は、そこがかつて自分が歩いていた道であり、岩の向こう側の幸せな大地ではないことに気がつきます。そしてその道の先を見ると、かつて見た岩がその道の上にあり、道を塞いでいたのでした。それどころか道を塞ぐ岩の上には新たな落石や土が積もり、以前にも増して、それはまるで壁のような状態になっているのを目にして呆然と立ち尽くすのでした。

 

しかしその受け入れがたい現実を前にして、男はこのように思います。

「これが木が言っていた罰か!やはり木登りを辞めたのがいけなかった、自分の努力が足りなかった。あのまま木登りを続けていれば、向こう側にある幸せの大地に行けたのに、自分はなんと不甲斐ない愚かな人間なんだ。」

そして今度は必ず木の上を目指して、天国にまで登りつめると一大決心をして、再び木を登り始めたのでした。

 

男にとって、その時にはすでに、道の途上にある岩の向こう側に行くことなど、本当はもうどうでも良くなっていたのです。岩を見ることさえも嫌になっていました。それよりも木の上から見晴らしのよい景色を見て、木が語る感動的な話を聞いて、同じ木登り仲間とそれについて話しあうといった思い出が忘れられません。 もし天国に行くことがかなわないならば、ずっと木の上に居たいし、できれば木の上に家を作って住みたいとも思いました。

 

その後男は懸命に木登りをして高い木の上の方に辿りつきました。高い木の上のほうには、太い枝が横にいくつも張りだして、緑の葉がたくさん生い茂っていました。

よくみるとそこには仙人のような人がすでに家を作って住んでいて、自分が住む場所はありませんでした。仙人は多くの人から集めた「HEIJYO」の玉を積み上げて、それを食べて生きていました。それどころか天国に通じているはずの木は、一番高い枝と葉が普通の木と同じように、風に吹かれて空中を揺れているではありませんか。

それを見た男はその後、やはり体力が切れて木を滑り落ちていきました。前回の時には必死にしがみつこうとして、気づかなかったのですが、あちらこちらで自分のように滑り落ちていく人が見えました。

「自分だけじゃない、あんなに沢山の人が滑り落ちているんだ・・・。」

しかも罰があたることに怖れおののき、苦悶の表情を浮かべて滑り落ちていきます。地上に降り立った男の胸にはさまざまな想いが駆け巡りました。

 

それはこの木を登れば、岩の向こう側に行けると言われて登り始めた木だったことや、木登りする人を支援すると極楽行きが有利になると言われて、沢山の人を木登りに誘い道案内をしたこと。またこの木の先端は昇り詰めるならば、あの世の極楽に通じていると言われたから心惹かれたことでした。

 

しかし実際には天国に通じていないで、一部の仙人だけが木の上で人々から集めた「HEIJYO」の玉を食べて安住していたことや、誰もが岩の向こうに行けると言われていたのに、滑り落ちていく人の多さに驚きました。

 

そのような言われてきたことと、実際の現実の違いが木に対する疑いとなって沸き上がってきました。しかしそれと競うように、木が語る感動的な話しや木の上からの景色を見る爽快感、木登り仲間と楽しく語り合って沢山の人に木登りを一緒に勧めようとした想い出が、その疑いを一生懸命否定するように思い出されてきます。

 

そのような葛藤を抱くようになった男は、以前のように勢い込んで木登りをする気力も体力も無くしていきました。かといって行く手を阻む道の上の岩を越えることもできないので、とうとうその場にうずくまってしまいました。しかしそんな体力も気力も失った男に対して、木は以前のように木登りを勧めるように、ささやきかけることはありませんでした。

 

さて場面は変わって、男が歩んできた道の行く手を塞ぐ岩の向こう側には、豊かな大地が広がってはいました。しかしその大地の間を縫って続く彼の人生ともいえる一本の道は、木の上から見た様子とは違い、歩きにくいところや障害物などもある起伏に富んだ道だったのです。

 

その道を先に進んでいくと、やがてその道のゴールともいえる場所に辿りつくことになっており、真の安住の土地が広がっていました。そこには果樹園があって美味しい果実が食べることができて、清らかな泉が湧き出ているのです。

 

そしてそこでは厳しい人生の道を歩き、辿り着いた人の労をねぎらって神様が一人ずつ抱擁をしていました。神様はその場所から男が辿ってくるはずの「人生の道」の彼方を心配そうに見つめて、彼が到着するのをじっと待っておられたのでした。

 

<寓話:木登りの先にあるもの>

 

 

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